エス・チームは、在宅就労支援のパイオニア、(福)東京コロニーが運営する、働く障害者のチームです。
 
es-team.netタイトル画像

在宅ワークの起源(オリジン) 星野編

2026年05月14日  星野 発

こんにちは!星野です。
 今年は長いゴールデンウィークで、春の桜や藤の花は例年よりも早く咲き、すでに真夏日が増えています。気温差・気圧差に弱い私は春の極端気候で体調がすぐれない日も多かったです。皆様はいかがでしたか?
 さて、私も、中川さん・中村さん・橋沢さんに続き、在宅ワークの起源(オリジン)+αで、ちょっと長い文章です。現在までではなく、そこにたどり着くまで、なのにとても長い・・・(すみません)です。

 私は中途障害ですが、子どもの頃も少し虚弱気味で、足も少し悪かったかも知れませんが、いわゆる健常者でした。人混みに出たり、小雨に降られると、翌日は熱を出し、風邪を引くと長引きました。そして、ひざが伸びず、足を伸ばして座れず、長時間歩く遠足は、途中で膝の裏が熱くなり痛みが出て、最後まで参加出来ませんでした。とはいえ、走ると他の子どもより速かったし、大抵の運動で他の子どもに負けてはいなかった。ただ。病気の治りが悪くて、子どもの頃から長期欠席や長期療養をしたので、一番好きな事は今でも読書です。

 高校卒業して就職して間もない頃に、私は2つの別の病気で、処方された薬のアレルギー(ペニシリン)を起こしました。就職から数年すると、軽い風邪位では休めない位に、仕事の責任も重くなっていました。その結果、風邪は数か月も続き、肺炎になる事が増えました。肺炎になると薬(ペニシリン)アレルギーのため特効薬が使えず、3か月~半年以上の長期入院をしました。息切れも起こるようになり、ぜん息と診断され、ぜん息は、肺炎で入院するたびに重症化し、5回目の肺炎での入院後には、在宅酸素療法となりました。一方、仕事では社内の大きなプロジェクトにも数回参加し、社内選抜試験をパスしてIT系の専門教育も受けました。そんな中、会社が合理化で早期退職希望者を募るようになったので、会社を辞めて、ゆっくり療養する事にしました。

 退職から2年位は自宅でゆったりと過ごしつつ、オンラインでデジタルデザインを1年間学びました。その後、短い時間だけのパートか在宅勤務で働こうと、ハローワークへ行くようになりました。この間に障がい者手帳を取得していたので、ハローワークの障がい者向けの合同就職面接会に参加しました。この頃は、在宅勤務できる企業はまだなくて、2社目の面接で「あなた本当に働けるの?」と言われると自信がなく、その後はただ会場をまわっていた所、以前働いていた会社の研究機関が来ている事に気づきました。ここは採用条件が4大卒以上だったので参加企業一覧で見逃していたのです。研究所の人たちと一緒の長期プロジェクトにも参加した事が懐かしく、もしかしたら知っている人がいないかと見ていると、担当者と目があい、声をかけられたのが縁で、契約社員として再就職することになりました。元社員だからと、広報担当をまかされ、約7年働きました。ところが、また少しずつ体調が悪化して、最後は週2~3日、1日4時間勤務で働きました。実際の所、1日勤務して数日寝込み通勤はタクシーでしたが、元気になれば、また以前のように働けると思っていました。この時は、まだ見つかっていないバセドウ病が徐々に悪化している事に気づかなかったのです。

 ゴールデンウィーク直前には心臓に負担がかかり、動作で胸痛がおき、近くの総合病院で心エコーが必要と診断されましたが、ゴールデンウィーク明けにと我慢しているうちに、どんどん悪化して、ゴールデンウィーク明けには甲状腺クリーゼ(末期的状況)で心不全もおきていました。CCU(心臓専門のICU)に10日入院した後、一般病棟にうつる時に、ベット上で上半身を自ら起こすのも難しい事がわかりました。この病院で足も診察してもらうと、「この足で元々歩けていたはずがない」と言われて困惑しました。その後も入院中に再び容体が悪化し、転院治療するなどで入院は長引き、再び退社しました。

 退院から数年間は療養しましたが、今度こそは在宅勤務で長く働きたいと、ハローワークに出かける中で、障がい者を対象とした職業訓練がある事を、掲示されていたポスターで知りました。しかし受講したいと思った「アプリ開発講座」の対象が重度障がいなのに対し、当時の私は下肢障がいは(自分では、元々歩けていたのだから、きっと治ると思い)認定されておらず、障がいは3級なので対象外でした。しかし、当時ハローワークで私を担当してくれていた方(前の時にも担当してくれた方)が、私のそれまでの事情を良く知っていて、この講座を開いている東京コロニーに直接相談してみましょうと連絡をとってくれ、状況も説明してくれました。その結果、受講の許可が出ただけでなく、相談した東京コロニーの方から、本当は私も重度障害では?(数年後には実際にそうなりました)と言われ、現在は、障がいの級が軽いのに、実際には働くのに車いすと携帯型ボンベの使用が必須で、更に週20時間も働けない状況となると、今後も就職先を見つけるのは難しいだろうと言って、es-teamを紹介してくれました。それが2013年の秋でした。これが私の在宅ワークのオリジンです。

さて、ここからは余談です。私は本当に大変になった時に、重度障がいの認定を受けておらず、それまで自分がやっていた家事も出来ない事が圧倒的で、家族にやってもらったり、手伝ってもらいながら、可能な事だけを休み休み時間をかけて自分でやっていました。その時に、ヘルパーさんに来てもらえれば、きっとずいぶん助かったとは思いますし、その分働けたのかも知れません。しかし実際には、それは出来なかったと思います。まず、正社員と契約社員では、年収が半分以下でしたし、働ける時間が減れば更に収入はさがる。一方、正社員で共稼ぎの健常者の時に、自宅を購入した住宅ローンもあったので、料金の一部だけ負担だとしてもヘルパーさんに来てもらう金銭的余裕はなかったと思います。

 その当時から現在まで、家族には色々と手伝ってもらっていて、現在では、それが我が家の普通になっています。それはそれで良かったのかも知れませんが、もしかしたら困った時に相談できる窓口をもっと知っていれば、また違った道もあったのかも知れません。とはいえ、それでも色々なタイミングで良い縁に恵まれたとは思います。という事で、これでオリジンと+αの長い話は終わります。最後に、先日の母の日に(少し遅れて)今は離れて住んでいる娘からもらったアレンジメントの写真を掲載しておきますね!

2026ちょっと遅れた母の日の花束
ちょっと遅れた母の日のアレンジメント
(ピンク系のバラやカーネーション、千日紅など)
トップへ