小泉八雲の話
2026年06月03日 阿部 発
こんにちは。皆様、いかがお過ごしでしょうか。阿部です。私は、サイト情報の取りまとめとは難しいものだなあと思いつつ、サイトデザインをしています。

初めてのブログを書く番ですが、どうも困りました。明るいと言い切れない趣味を好んで生きてきたもので、だいぶ悩みました。明るいと言い切れるもの、朝ドラでしょうか。朝ドラは明るいと言って差し支えないですよね。たぶん。
2025年9月29日から、2026年3月27日まで放送されたテレビドラマで、『ばけばけ』という、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と小泉セツの夫婦を題材にしたドラマがあったことを、ご存知でいらっしゃる方も多いでしょうか? それとも、朝ドラは見ない派ですか? どちらかというと私も見ません。
それはそれとして、小泉八雲といえば『怪談』が有名ですね。
『狢(むじな)』の回などを、おりにふれて読まれたことがある方もおられるかもしれません。そう、あの。夜道でしゃがんで泣く女性に声をかけたら、のっぺらぼうで、息せき切って駆け込んだ蕎麦屋も、またのっぺらぼうだった(そこで世界はいきなり暗転してしまいます)という「再度の怪」パターンの傑作です。
よかったら、青空文庫のURLを貼っておきます。https://www.aozora.gr.jp/cards/000258/files/42928_15332.html(青空文庫より)
八雲は妻のセツさんが古本屋を巡って集めた怪談を日本語で聞き、それを英語で自分の物語として再度書き起こしました。現在、青空文庫などで読める八雲の文章は、英語を日本語訳したものです。
ただ再度、物語を書き起こしただけではありません。ものによっては、筋さえ違うものになっています。
もしお読みになるなら、まずは『耳無芳一の話』を読むことをお勧めします。八雲の、怪談にリアリティを吹き込む改変の力がありありと伝わってくるからです。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000258/files/42927_15424.html(青空文庫より)
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)という人は、ギリシャ生まれで世界各地を転々としてきたアメリカの新聞記者だったのですが、日本滞在記を書くために1890年、明治23年に来日しました。そして、日本の古事記、神話、民間伝承、仏教や神道、アニミズムといったものに強く惹かれました。
彼はそういったものに強い感受性と共感性を持った人でした。
八雲の著作『日本の面影』という本では、その彼の感受性と独自の視点が伝わってきます。セツさんも書かれているように、彼は、半分幻想の中に生きていた人だったと思います。
それでいて、観察眼がずば抜けています。左目が見えないため、彼の世界は音から入ります。そして、次に右目をフル稼働して全てを記録するのです。以下は、日本に来て初めて田舎の盆踊りを見た際の八雲の記述です。
“すると、太鼓がもうひとつ、ドンと鳴ったのを合図に、さあ、いよいよ盆踊りの始まりである。それは、筆舌に尽くしがたい、想像を絶した、何か夢幻の世界にいるような踊りであった──まさに、驚嘆の舞といってよかった。
踊り子たちは、みんなが一斉に、右足を一歩前に、草履を地面から上げることなく、地面の上を滑るようにして差し出す。と同時に、まるで手を宙に浮かせるかのように、ふわっと両手を右側へ伸ばし、微笑みながらお辞儀をするように頭を下げる。それからまた同じ手の振りと、不思議なお辞儀を繰り返しながら、出した右足を後ろへ下げる。そして今度は、全員が左足を前に出し、左側に半身を翻しながら、先ほどと同じ動きを繰り返す。それからまた一斉に、二歩前に足をすり出し、同時に一度やさしく手を打つ。こうして、また最初の動きに戻り、右と左とに交互に反復されるのである。 全員の草履履きの足が同時に動くと、それに合わせてしなやかな手も一緒に振られ、柔軟な身体が同時に前や横へと揺れる。
そして、不思議なことに、はじめの踊り子たちの列は、月光のふり注ぐ境内の中を、ゆっくりゆっくりと、大きな輪となって拡がってゆき、黙って見ている見物人を取り囲んでいく。
ラフカディオ・ハーン; 池田 雅之. 新編 日本の面影 (角川ソフィア文庫) (pp. 56-57).”
初めて見た踊り手の仕草を、これだけ詳細に書き残せる人がいるでしょうか。八雲の片手にはiPhoneでも握られていて、録画をしていたのでしょうか? 彼の目線は踊り手の手の動きといったミクロなものから、祭全体の動きや雰囲気といったマクロなものまで凝視し、書き記しています。
この盆踊りの描写は、八雲の考察を含めながら、最終的にもっともっと長く続きます。
小泉八雲は、幻想的なもの、霊的な意味を持つ世界を、感受性と共感性をフル回転して、とらえ、書き残すことに抜群に長けた作家だったのです。
さて、本当は、ここまで八雲語りをするつもりはなかったのです。申し訳ありません。
妻、小泉セツさんの書かれた大変可愛らしい記録、『思い出の記』の夫婦のやりとりがすごくいいですよ、お勧めです、という話をしたかったのでした。カタコトで日本語を一生懸命話す、八雲(作中ではヘルンと呼ばれています)と、セツさんとの会話がいちいち可愛らしいのです。
“熱い事が好きですから、夏が一番好きでした。方角では西が一番好きで書斎を西向きにせよと申した位です。夕焼けがすると大喜びでした。これを見つけますと、直に私や子供を大急ぎで呼ぶのでございます。いつも急いで参るのですが、それでもよく『一分後れました、夕焼け少し駄目となりました。なんぼ気の毒』などと申しました。子供等と一緒に『夕焼け小焼け、明日、天気になーれ』と歌ったり、または歌わせたり致しました。
焼津などに参りますと海浜で、子供や乙吉などまで一緒になって『開いた開いた何の花開いた、蓮華の花開いた……』の遊戯を致しまして、子供のように無邪気に遊ぶ事もございました。”
心がささくれている時に読むと、八雲の心の素直さとおかしさに毒気を抜かれてしまうと思います。
(https://www.aozora.gr.jp/cards/000224/files/1119_43347.html)(青空文庫より)
最後に、八雲がどれだけ現実と夢のあわいに生きていたかよくわかる、少し長い、小説とも随筆とも呼べない、怪文書をご紹介して終わりましょう。この『夏の日の夢』は、私のいちばん好きな作品です。
(https://www.aozora.gr.jp/cards/000258/files/52948_42570.html)(青空文庫より)
少し長いので、横書きで読むより縦書きで読んだ方がいいかもしれません。無料の青空文庫アプリがたくさんありますので、そちらでお読みになるのをお勧めします。
さて、ずいぶん長く書いてしまいました。
明治のこの時代に、この夫婦のおかしなこと、この世を面白がる喜びのほがらかさ。それを思うと、私は、天はときどき粋なことをするなと思うのです。
ここまで読んでくださった方がもしいたとしたら、心からお礼申し上げます。ありがとうございました。

